「ポスト3.11の公共哲学のために」
山脇直司(東京大学大学院 総合文化研究科 教授)

講演内容:
2011年3月11日は、天災(地震・津波)と人災(原発事故)が同時に起こった悲劇的な日として、
人々の公共的記憶に深く刻まれ、語り継がれるであろう。そしてその後の社会状況は、「市民的な
連帯や共感、批判的な相互の討論にもとづいて公共性の蘇生をめざし、学際的な観点に立って、
人々に社会的な活動への参加や貢献を呼びかけようとする実践哲学」(『広辞苑』第六版)という
意味での公共哲学に対して、多くの諸問題を投げかけている。その突きつけられた諸問題を、
公共哲学の人間観と倫理観に基づきながら考えていきたいと思う。
プロフィール:
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(教養学部総合社会科学科)教授。専攻は、
公共哲学(公正で善き社会のヴィジョンを市民と共に論考する実践的学問)と社会思想史。
特に、現在は、各自が置かれた地域性と現場性(ローカリティ)に根ざしながら、平和、開発、
福祉、公正、環境、文明間対話などのグローバル・イシューを論考する「グローカル公共哲学」
を展開中。1982年ミュンヘン大学哲学博士号取得。東海大学文学部文明学科専任講師・同助教授、
上智大学文学部助教授、東京大学教養学部社会科学科助教授、同教授を経て、1996年より現職。
著書に『グローカル公共哲学』(東京大学出版会)、『公共哲学とは何か』(ちくま新書)、
『社会とどうかかわるか』(岩波ジュニア新書)、『社会思想史を学ぶ』(ちくま新書)ほか。
論文は「アマルティア・センの経済思想と文明思想」(経団連出版)など多数。
「ポスト3.11の課題と新しい環境倫理──環境正義を軸として」
鬼頭秀一(東京大学 新領域創成科学研究科 教授)
講演内容:
3.11は「環境」にかかわる問題を論じるにあたり新たな捉え直しを迫った。恵み深き「自然」を
「守る」ことと、荒ぶる自然を「制御・支配」することの二項対立図式を根本から切り崩し、
不確実性のマネジメントを排した技術の完璧なコントロールの原理的不可能性を明示的に証明し
つつある。しかし、それにも増して、そのことがリスクの集中とその集中したリスクの配分の
不公正を前提としていたことを明確に見える形で示し、原子力利用の根源的で本質的な問題が
「環境正義」にあることを明らかにした。そして、人が自然に根ざし地域で生きることの意味の
意味を逆照射して見せただけでなく、その「生」を奪うことの罪深さを明らかにし、世代間倫理
を考える手がかりを与えてくれた。そうした状況の中でもとめられる新たな環境倫理の枠組みを
提示したい。
プロフィール:
1951年名古屋生まれ。1984年3月 東京大学大学院理学系研究科(科学史・科学基礎論)博士課程
単位取得退学。東京農工大学農学部教授、恵泉女学園大学人文学研究科教授等を経て、現在東京
大学新領域創成科学研究科教授。環境にかかわる現場を歩きつつ、あるべき環境の理念を現場から
紡ぎだすという意味としての環境倫理学を専門としている。
著書に『自然保護を問いなおす──環境倫理とネットワーク』
『環境の豊かさをもとめて──理念と運動』(編著)、『環境倫理学』(共編著)など。
「3.11東電原発事故が専門知に突きつけるもの―信頼の危機にどう応えるか」
平川秀幸(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授)

講演内容:
東日本大震災にともなう東京電力福島第一原発の過酷事故によって、政府のみならず自然科学・
工学をはじめとする専門知に対しても、社会の信頼が大きく崩れ始めている。それは単に原子力
技術に限らず、それらの安全性・信頼性を保証する科学そのもの、政策決定など社会的意思決定
に関わる専門知全般に対する「信頼の危機」である。再び「安全神話」に陥ることなく、専門知
に対する信頼性を取り戻すにはどうしたらよいのか。鍵となるのは、社会の中で専門知が必要と
される度合いが高まり、現実問題に関わる度合いが大きくなるほど、不確実性や価値観・利害と
の関わりが深くなり、妥当性・信頼性に関して争われやすくなっているという「専門性のパラド
ックス」のもとで、どうやって妥当性と信頼性の高い専門知の生産と活用が可能になるかである。
「専門性の民主化/民主制の専門化」という観点から考察してみる。
プロフィール:
1964年東京都生まれ。1989年国際基督教大学教養学部理学部卒業。91年東京工業大学理工学研究科
応用物理学科修士課程修了。2000年国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程単位取得退学。
同年京都女子大学現代社会学部講師、2004年同助教授などを経て、2006年より現職。博士(学術)。
科学技術社会論(科学技術のガバナンス論)を専攻。
著書に『科学は誰のものか―社会の側から問い直す』(NHK出版、2010年) など。
「大震災・核問題と正義――広島・長崎、そして福島からの誓い」
小林正弥(千葉大学 法経学部 教授)
講演内容:
東日本大震災と福島第1原発の事故には、サンデルが白熱教室で説明した正義の観点からも、多く
の問題が存在している。震災は天災でも、原発事故は基本的には人災であり、私たちはこの災害を
「平和と正義」の観点から問わなければならない。日本は広島・長崎の被爆国であるにもかかわらず、
チェルノブイリに匹敵する原発災害の被曝国ともなってしまい、汚染水の海への放出などによって
諸外国に地球的な公害をもたらしてしまった。このような事態をもたらしたのは誰の責任であり、
どのような考え方の帰結なのだろうか。私たち日本人は、このことを猛省して哲学的な原理を公共的に
確立し、被爆・被曝といった悲惨な出来事を二度と今後は起こさないように、戦後に敗戦後の日本人が
したように、再出発を誓わなければならない。それは、友愛公共と正義に基づく、平和でエコロジカル
な新日本への再生であり、そのために私たちは知的・精神的・政治的エネルギーの全てを結集しなけれ
ばならないだろう。
プロフィール:
千葉大学法経学部教授。1963年生まれ。東京大学法学部助手を経て、2003年より千葉大学法経学部教授、
2011年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学人文社会科学研究科・公共研究センター
共同代表(公共哲学センター長)、地球環境福祉研究センター長。著書に『政治的恩顧主義論―日本政治
研究序説』(東京大学出版会)、『非戦の哲学』(ちくま新書)、『友愛革命は可能か―公共哲学から
考える』(平凡社新書)、『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)ほか多数。
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「対談および参加者との質疑応答:『震災後の正義と公共の話をしよう』」
コーディネーター:山脇直司
パネリスト:鬼頭秀一 / 平川秀幸 / 小林正弥
このセッションでは、四名の登壇者の問題提起と論考を受け、会場の方々と共に、「個人一人一人の命を
大切にしつつ、人々が支えあい、公共益や公正さ(正義)が担保されるような日本社会はいかにして可能か」
というテーマをめぐって、白熱教室を行いたい。


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